般若心経の文字数の諸説について説明します。対象は玄奘漢訳とされる流通版です。書籍をざっと眺めると262文字という説明が多いようです。なお、当サイトでは橘香道先生の縦14字x本文19行:266文字:表題10字上下に2マス空白の形式を選択しています。ここではいったん、この266文字から離れて説明しています。
文字数の異なる理由は大きく3つです。
- 題字、首題と奥題を数えるか否か。
- 本文に「般若心経」を含むか奥題とするか。
- 本文「遠離」の次に「一切」があるかないか。
※般若心経の PDF資料ダウンロードはダウンロードページを参照してください。
※般若心経に関する参考文献は参照資料ページに一覧しています。
※橘香道先生に関連する著作については参照資料ページに記述しています。
般若心経の文字数:首題「摩訶般若波羅密多」をカウントするか否か
文字数をカウントする際には、本文のみを数えます。題字は含みません。
題字には、首題と奥題があります。首題は冒頭の題字。奥題は本文の後、末尾に付ける題字。
般若心経の首題は10文字「摩訶般若波羅密多」または12文字「仏説摩訶般若波羅密多」のどちらかです。
奥題は「般若心経」4文字または「般若波羅密多心経」8文字です。ときどき首題を2文字「心経 」や4文字「般若心経」とされている場合もあります。この場合は奥題も同じ文字列か、奥題なしです。おそらく由来は、首題と奥題を揃える意図なのでしょう。
これら題字を文字数にカウントするか否かの異なりがあります。
なお この首題、十干と十二支を象徴している解釈もございます。10文字は十干、12文字は十二支のシンボル。仏学で云う「南無」も十干と十二支を象徴する漢字です。南が十干、無が十二支。クマラジュウ・鳩摩羅什の発想した漢訳と教わりました。画数の由来です。
般若心経の文字数:末尾「般若心経」を本文に含めるか否か
文字数をカウントする際には、本文のみを数えます。末尾「般若心経」を本文とするならカウントし、奥題とするならカウントしないことになります。
仏門の般若心経では末尾を改行し奥題とされている場合が殆どです。いっぽう一般人向けの般若心経では末尾「般若心経」を本文に含めます。本文の再帰宣言「繰り返し読みなさい」という意味で解釈します。
※般若心経の種類については別途アーティクルに記載します。
般若心経の文字数:本文「遠離」の次に「一切」があるかないか
本文「遠離」の次に「一切」 を記さない般若心経、日本の書物では滅多にお目にかかれません。海外では 「遠離」の次に「一切」 のない本文260文字の般若心経が、より多く史料として残っています。日本に入った後に「一切」が付けられ始めたと想像します。
例えば、中華ドラマ「独孤伽羅~皇后の願い~」2019年に般若心経が良く出てきます。出てくる理由はドラマを視聴して頂くとして。37話「以心伝心」4分47秒くらいに、「般若波羅蜜多咒経」のツイタテ・衝立が出てきます。 良く見ると「遠離」の次に「一切」 がありません。
ただし、最初の行もありません・・・「見五」から始まります。これは小道具さんが大きな題字を上から貼り付けているから、と想像します。24話「復讐の念」では25分30秒頃に、40話「守るべき命」では39分37秒頃に、この題字を壊しているシーンもありますから。ちなみに14話「疲弊した心」にも 「般若波羅蜜多咒経」 と題する書物が出てきます。35分5秒くらい。日本語字幕に「六波羅蜜」と表示されました。興味津々にて製作者の意図を深く考え込んでしまいます。その後の書きつけから六波羅蜜としたのだろう、という想像です。深い知性を感じます(考えすぎ?)。
また例えば、手元にRED PINE著作のthe heart sutraという洋書があります。英語版の般若心経です。世界で最も広く読まれている英語版の1つだと聞いています。漢文のフレーズを引用し、それをシンプルな英語に直訳し、細かい解説を記述しているスタイルです。この本においても「遠離」の次に「一切」はありません。 そのまま引用しておきます。
25.THEY SEE THROUGH DELUSIONS AND FINALLY NIRVANA: viparyasa atikranto nishtha nirvanah
page136 , RED PINE, the heart sutra, COUNTERPOINT
遠離顚倒夢想究竟涅槃
ちなみに、この書籍の英訳にて、もっとも気に入っているのは「時」を”while”と訳している部分です。殆どの英訳では”when”を使っている印象です。個人的な意見で恐縮です。「行深般若波羅密多時」の英訳に”when”と見ると興が醒めてしまいまする。
ところで、ネット記事や安価な電子本では「遠離」の次に「一切」 のない本文260文字の般若心経が散見されます。おそらく、海外サイトからコピペしているのでしょう、推測です。
いっぽうで、2015年・中華映画「三蔵法師・玄奘の旅路」は西遊記とは異なりマジメで幻想的な映画です。このエンディングに流れる美しい歌声の般若心経。日本語字幕には「遠離一切」と表示されます。しかし歌声からは「一切」が聞こえません。良い映画だけに、ちょっと残念。
般若心経の文字数:理屈を知った上で数え方は好みの選択
グッズ系、般若心経が刻印されている商品の説明では、題字を含めた文字数の表記です。首題に「仏説」が付かず276文字の表記。「仏説」を付けないほうが商品として売れるから、と想像します。もしかしたら、製品製造の観点では文字数の多い方がお値段の高まる価値観なのかも知れませんね。刻印文字数がコストで商品価値だから。だけど仏説を付けて文字数を増やすことはしない。
次に、現在日本国内に流通している般若心経について、文字数の組み合わせを表にしておきます。
末尾「般若心経」 奥題の扱い | 末尾「般若心経」 本文に含む | |
本文のみ 題字含めない | 262 | 266 |
首題10文字を含む 「摩訶般若波羅密多心経」 | 272 | 276 |
首題12文字を含む 「仏説摩訶般若波羅密多心経 」 | 274 | 278 |
※日本の書物では殆ど使われていない本文260文字は考慮していない表です。博識な解説書では[一切]などとカッコ付の表現になっている印象。
理屈を知った上で文字数のカウントは好みでしょう。製品説明ならすべての文字数を数えて違和感はありません。取り扱い説明の領域だから。
いっぽうで国語の問題、例えば「500文字以内で述べなさい」とあった場合、題名とか署名は、その500文字に含まれないと考えますよね。この場合に句読点は文字数に含むでしょう。
ちなみに、古典の漢文には句読点がありません。どこで区切るかは読む人が決めています。楽しいことに、区切り方で意味が変わります。こちらは別途アーティクルに記述します。
般若心経の文字数:257文字の説
次の構成で257文字と説明している場合もあるようです。ネット検索で見つけて驚きました。
※漢字表現は当サイトの選択です。漢字選択については別途アーティクルに記載します。
本文262文字版において4つの咒が書かれている部分で、「是大神咒」のみ記載。13文字「是大明咒是無上咒是無等等咒」がありません。そして、奥題らしき8文字「般若波羅密多心経」を数えています。262-13+8=257
「遠離」の次に「一切」はあります。だから海外の表記ではないようです。
ナゾなのは、情報ソースとされる書籍では、262文字か260文字の表記だということ(調査継続、楽しい)。
※ここに修正します。257文字の謎が解けました。
般若心経の文字数:まとめ
- 日本において仏学領域では262文字が標準。一般人向けに266文字。
- 一般に題字は文字数に含めない。本文の文字数を数える。
- 題字には首題と奥題があり、本文の前と後に付く。
- 首題は「仏説摩訶般若波羅密多心経」「摩訶般若波羅密多心経」など。
- 奥題は「般若心経」など。本文の後ろ改行して記す。
- 奥題「般若心経」を本文とする考え方がある。当サイトで採用。
- 海外では、本文「遠離」の次に「一切」のない史料が多い。これが本来の玄奘漢訳。
コメント